ぷるっとアップルガーデン

癒されたい日記

源氏物語をまた読んでみる

源氏物語を読み返してみました。
私が未熟すぎて、理解出来ていなかったのではないかと思ったからです。
なにしろカルチャーセンターなどでは、「源氏物語を読む」ような講座も良くありますし、なにかしら素晴らしいもののはずなんです。
わたしにはその素晴らしさが、まったくアピールしてきません。
これは多分、私のせいなのだろうと思ったのです。
それで読み返しました。

ええ、ええ、全くわかりません。。。
少々解ったのは、女性との関わりをベースに、人との絡み合い、翻弄される運命、抗おうとする心、それらの表現もあったということです。
女関係のことばかりではなかったということ。
しかしながら、高校の古典の先生が話していたように、「女性関係、そこばかりにとらわれては、この文学の本質を見逃しますよ!」というのは、それ言い過ぎ!ソコまでのもんでもないぞ!と、やはり斜に構えます。
まぁ。。。おもしろいと思えないんですよ、私にとっては。
あわないんですね、ただ単に。
紫の君に関して言えば、実に秀逸だとは思います。
紫の君の成長の過程に置いての、心の動き、変化、花開く樣、散りゆく樣、本当に巧く出来ている。
紫式部がどれほど繊細で、勘働きも良く、知己に飛んでいたかは一目瞭然、それには脱帽です。
あの時代の女性が、ここまで意思を顕わにする事自体、かなり賛否両論を得たことだろうと思います。
また、深い教養の持ち主でもあり、向上心も強い方だったのでしょう。
光源氏が夕霧に最高の晩学を身につけさせようとするそれは、紫式部の望みでもあったのではないかと思うのです。
女人故に、叶わない勉学に対する夢というものも、きっとあったのでしょう。

昼間は御公儀、まぁいい役職にはついてましたよね、光源氏。
夜は毎日のようにお出かけで、一人一人に深い想いを抱き、「アナタだけだ」と一人一人に言うわけですよ。
「ココが君のいいとこ!」があって、個々に対してそれへの愛情を表現しているのでしょう。
すべてが備わった女性は居ませんから、こっちにはないイイトコがあっちにはあり、あっちにはそっちに見受けられるイイトコがなく、アサッテにはある。
もういい加減にしたらどうかい、君!といいたくなります。

それを書いた紫式部が、後半夕霧の半生で、私に(ナニサマのつもりよ、あたし!なのですがご勘弁)大絶賛されるのです。
恋愛ジプシーの父は、同じ過ちをさせないために心を砕き、夕霧の生真面目さと純粋さをなんとか守ろうとする。
ここで私は初めて、光の君の今までの苦悩を知るのです、はい。

夕霧は概ねそのように育ち、当時では珍しく、妻以外は側室一人。夫婦仲も宜しい。
が、紫の君を垣間見て、紫の君の面影は夕霧にとって生涯忘れえぬものとなる。
ここの一連は実にお見事で、紫式部の「人間への洞察、観察眼の鋭さ」を思わずにはいられません。

などと書いていると、「案外私、源氏物語好きなのか?」と、思えても来るのですがね、嫌いです(笑)

13階段は関係なくても

親の代から不動屋の友人は、卒業後他所の飯を食った後、家を継ぐことになりました。
私とは全く異なった業種ですので、聞く話の中には面白いものもあります。
テレビでもよく話をされる、「13階段」の話などは、すぐに電話をして訊きました。
「あ〜、そんな事言ってると、みんな借りる家がなくなるぞぉ。」との答え。
そりゃそうだわね。

ただし、「ヘンに荒れるアパートってあるじゃない?住む人の属性がなんとなくあまり良くないってか、とにかく荒れてるなと感じるアパート。あれはね、何らかの傾向は確かにあるよ。」
汚してるとか、督促状が届きがち、偏屈、そういった人が集まりやすいところはあると。
家賃が特別安いわけでもないので、なんでそこをチョイスするのか、選ばれるのか。
そこに法則性は、多分にあるだろというのです。

「たとえば?」と訊くと、「そうだなぁ。。。川に面して建物が建っている。入り口側の面がね。それとか2階建てのアパートで、2階への階段下のブランクが、表の通りから見えない。そういうのは荒れやすいね。隣が空き地で雑草が生えてると、いくらこっちをキレイにしても、なんでか荒れていく。そういう雑草が近い土地は湿気が多いから、人も陰湿なるだろうし陰湿な人だから誘われるようにそこに入るのかもしれないし、それは解らないけどね、」
そう話してくれました。
「風水とか言うと団地オバチャンみたいでイヤだけどさ、人間の心の闇が好むものってのはあるとは思うんだよ。」

そう気にかけてウォッチングすると、たしかにそんなように思えます。
「川筋はなんとなくだけど、よくない物件が増える気がするし、崖の下もよくない。崖の下なら上に住めって感じかな」とも言っていました。
「あくまでオレの主観やけんね。」とは付け加えていましたが、うん、当たっているように思います。

「ほれ、〇〇にさ、デリバリの女の子がよく事件に巻き込まれるホテルあったなじゃない?」
思い出したので、その話をしてみました。
「あのホテルに入ったお客から電話が入ると、〇〇くん、神経質になってたよね。覚えてる?」
〇〇くんというのは、同じ学部だったのですが中退をして、デリヘル経営を始めた知り合いです。
今は稼ぐだけ稼いで、バー経営にスライドさせました。

「ああ、覚えてるよ。同じ客ばかりじゃないのに、そのホテルにはいる客は、変な性癖だったり、女の子の金盗んだり、首絞めたり、ひどいの多いってのだろ?」
「そうそう。あれも安いわけじゃないけど気持ち悪いホテルだったよね、外見だけ見ても。」
「何かが呼び寄せてんだろ。あの場所、昔、沼だしね。建て方もあるだろうしね。
入口の作り方一つでも、受ける印象、無意識下で受ける印象よ、あれ変わるからね。」
ラブホテル街ですから、ずらりと並んで建っていますが、両隣はそういう事がなかったらしいですもの。

自分が家を建てるとしますでしょ。
新しい場所に一から建てるときは、ちょっとナーバスになりそうです。

好きな素数

好きな素数はなんですか?と訊かれたこともないのですが、なににでも備えたほうがイイでしょうから、一応考えておきます。
いやいや、私もいつかお見合いパーティー(東京)に行った際、話のネタに使えるかもしれませんし。

素数とは、1とその数自身以外に約数を持たない数のことですが、中学校で習ってますからね、みんな知ってます。
【1】 はそれほど好きではありません。
ってか、1はそもそも素数に入れてませんね、いろいろメンドクサクなるので素数としていないということになっていましたよ。
でもまぁ、好きじゃないので、どうでもいいです。
今でこそ確変図柄のことも多いですが、昔は【1】は違う場合もあったんですもん、源さんとか。。。あ!パチンコの話です。
【3】【5】は好きです、大好き。
なにしろ確変図柄ですからね。
【7】も素数なのですが、「素数の中で好きな数」という感覚が薄い。
【7】は不動のラッキー図柄ですからね、ラッキーナンバー制の時代も7は必ず「終日無制限」。
【3】「次の初当たりまで無制限」で、ちょっと条件が違ったんですよ、弱いの。
だからあの【7】という【図形】に反応してるだけで、数だから好きなのじゃないのでしょう。
と、全部パチンコ目線で恐縮です。
余談ですが、偶数は嫌いです。
多くの場合が普通図柄として採用ですから、愛せません。

【13】はカッコイイ数字。
不吉なとは言われますが、ゴルゴが13ですからね、それでです。
不思議ですね、ゴルゴはが【11】だったら、そこまで愛されなかったように思います。
11って、ヘタッテルと思いませんか?
11が好きな人もいるからね、「西向くサムライ」のサムライだしね。
【17】あたりになると、もうパチンコで使われることもないものですから、それ以上の大きさの素数には、関心がありません。

素数に限らず好きな数字はと言われれば、私の好きな数字というのは、どうも20の位の3の倍数のようです。一桁と10の位における3の倍数は、好きではないようです。
カレンダーを見ていて思いました。
21、24が好き。
それが27になるとあまり好きではない。

だらだらと書いてみましたが、これって必ず何かに起因していると思うのですよ。
好きな数字占いとか、ないんでしょうかね。
膨大すぎるなら、この際、素数占いでもいいです。
なにかしらの傾向はあるように思うのですけど。。。

亡くなった知り合い

学生時代、仲良くしていた友人をなくしました。
冬の休暇で実家に戻っていたところ、そこで交通事故起こし、亡くなりました。
同乗者もおらず、一人相撲でしたので、他人を巻き込むこと無く、それは不幸中の幸いではありました。

その件がある一ヶ月前ほどに、その子と同郷の友人が一緒に車に乗っていて、夜中、おかしなものを見たと二人で話していました。
部活のOBとして、高校の後輩に話しをしに行かねばならないかなんかで、実家に帰っていたときのことです。
よく通る道であったのになぜか迷い、古いお墓ばかりがあるところに入り込んでしまったと。
手入れがされていないのかそのお墓は、雑草に埋もれるような格好でいくつも立っていたのだそうです。
「これはおかしい」と大急ぎでバックをすると、その後ろの窓に大きな首がいくつも飛んで来る。
二人は大声で高校時代の校歌を歌い、なんとか街灯のある道に出たとのこと。

「ざんばら髪で、落ち武者みたいだったよ。」
二人して同じことを言うので、本当に見たのでしょう。
「よくわからんが、気をつけるに越したことはなかろうよ。」
それしか言えませんもんね。
それから一ヶ月後、彼は亡くなってしまいました。
悲しいには悲しいのですが、そんな話を聞いたりしていましたから、悲しいばかりを思えず、どことなく気味が悪い思いも抱いていました。

そんなある日、その男が死んだ彼の元彼女と付き合うことになりました。
「なりました」というか「なっていました」です。
付き合っていると知ったのは、彼女の妊娠でだったのですから。
「オロさせなきゃいかん。」彼はそう言い、逆算にビックリしました。
「あんた、まっぽしアヤツが死んだ頃と重なってるやん!」
あんまり不謹慎だろうと、それを少々責めましたが、所詮人事なので、相談に乗ることも、それ以上責めることも、両方やめておきました。
どうにかこうにかしたのでしょうが、その女の子はそれ以来、心のバランスを崩し、短大(近くの大学でしたが、私たちと違う学校だったんです。)を中退して、実家へ帰りました。

テレビを見て驚きました。
「飛ばすとあぶないよ」と言われている道があるのですが、そこで学生4人を乗せた軽自動車が大事故。
3人は極軽傷。ひとり行方不明なのだというのです。
それがその男でした。
後に、すぐ脇の森林から遺体が見つかるのですが、事故の衝撃で飛んで行ったにしても、えらく飛んでいったものだというほどの飛距離だったそうです。

「〇〇が彼女とのこと怒ってやったのかなぁ。それとも、あの飛んできた首の体験になにかあるんかなぁ」
友人らと話はしましたが、考えてもわかるもんじゃありません。
霊的なことを、全面信じているわけでもありませんが、「説明が付きにくいもの」というのはあるもんだと。それは否定できません。

笑いの力

友人たちからDVDを借りることが増えました。
特にホルモンが出なくなる病気で、闘病している時、お笑いDVDを持ってきてくれる友達が多かったです。
当時、薬の副作用で髪が全部抜けてしまい、ショックを受けていました。

けれどもお笑いを見ているうちに「ハゲって笑いとれるやん」と気楽に考えられるようになりました。
友人たちも、最初は落ち込んで話すことさえできなかった私が、徐々に笑顔になってきて安心したようです。
けれども、元気になってくると文句をいう元気も出てくるものです。

友人たちが持ってきてくれるDVDには、九州出身の芸人さんが1人も出ていない!
友人たちは関西生まれの関西育ちなので、仕方ないのですが・・。

私は関西で育っていますが、生まれは九州です。
小さい頃は父の実家の九州で一時期暮らしていたこともあります。

小児喘息がひどかったので、転地療養というやつです。
期間は半年ぐらいだったのですが、子供だったこともあり、方言を完璧にマスターしてしまったのです。

そのため普段は関西弁ですが、ふとした拍子に九州弁が全開になります。
関西弁より、九州弁の方が聞いてて落ち着くほどです。

九州の芸人さんの漫才も見たい!とワガママを行っていると、意外な人から借りることができました。
なんと彼氏のお父さんです。
彼氏のお父さんと私は同郷なのです。

九州の男性に多い厳格な方なので、お笑いなんて見ないだろうと思っていたので意外でした。
実はお笑い大好きだそうで「博多華丸・大吉」「パンクブーブー」などの九州出身の芸人さんのDVDを集めていたようです。
私と同じで九州弁を聞くと、落ち着くんだそうです。

厳格なお父さんなので、お笑いDVDをこっそり集めていたことに家族はびっくりしたそうです。
自宅でもお笑い番組をつけると嫌がるので、嫌いなんだと思っていたそうです。
実は関西弁が性に合わないから嫌だっただけだそうです。

関西弁嫌いなのに関西で暮らしてしんどくないのかな?と心配になりました・・。
が、仕事は別腹とのことです。

ともかく私はお笑いDVDを借りれて、楽しい時間を過ごせました。
特に病気の時は落ち込みがちなので、お笑いは最適です。
随分と助けてもらいました。

笑うと免疫力もアップするそうです。
笑いの力て大きいんですね。

法事で出会った子どもたちと

私の故郷に「でんでらりゅうば」という手遊び歌があります。
「でんでらりゅうば、でてくるばってん。でんでられんけん、でーてこんけん。こんこられんけん、こられられんけん、こーんこん」

九州の人間であれば、発音するだけで大体の意味が理解できます。
しかし、九州以外の人間には言葉遊びのように聞こえ、単なる可愛らしい響きの言葉の羅列に聞こえるそうです。
ずいずいずっころばしのような手遊び歌で、九州長崎では馴染みも深いものです。

最近では長崎の老人ホームでリハビリに使われているようです。
多くの老人ホームで手の機能を保つために使われている手遊び歌ですが、長崎は「でんでらりゅうば」が定番なのです。

私は神経が冒される難病によって手足の機能が麻痺する障害を持っているのですが、手の麻痺は病状のわりにはひどくありません。
入院中にリハビリで「でんでらりゅうば」をやっていたからだと思います。

さて手遊び歌とは、本来の子供のためのものです。
法事の際に親戚の子供たちに教えてあげると、すごくウケました。
「もう1回やって!もう1回やって!」と興味しんしん。

手の動きもさることながら、なんて言っているのかわからない言葉が好奇心をかきたてるようです。
九州長崎で同じことをやっても、ここまでウケなかったでしょう。

「歌詞覚えて、友達に自慢すんねん」と張り切っている子どもたちに教えながら、ほっこり和みました。
最近の子供はゲームやおもちゃに囲まれているので、手遊び歌なんかに興味を示さないと思っていました。
しかし、ゲームで育ってきた世代だからこそ、昔からある手遊び歌が新鮮なようでした。

いったん仲良くなると、私の車椅子にも触ってくるようになりました。
子供たちなりに遠慮して、聞きたいことを聞けなかったようです。
どうやら動かし方がずっと気になっていたよう、動かし見せると「そうなってたんや!」と納得した様子。

車椅子の構造にしか、興味が無いと思っていたのですが・・。
突然、子供のひとりが「体、痛い?」と聞いてきました。
「痛いけど、お医者さんのお薬があるから大丈夫だよ」と答えました。

「良くなったらええなぁ」と心配そうにしてくれました。
よく最近の子供は、若者は・・と言われますし、私も多少なりとも偏見がありました。

少なくとも法事で出会った子たちは、感性豊かな子たちでした。
実際に接してみないとわからないもんだなと思いました。

職場での立ち位置

私、意外と自分の立ち位置を把握するのが得意です。
ココで出るべきか、ひっ込んでおくべきか、どのくらいまで言って大丈夫か、
どんな風に言うと受け入れてもらいやすいか・・・
そんなことを比較的、本能的にしようとする自分がいます。

ま、親が離婚している影響だと私は思っていますが。
何より「人の不和や争い」が苦手なので、それを回避しようとする傾向があります。
って、ちょっと話しがしめっぽい?(笑)
ま、私はそんなにこういう過去を気にしていないんですけどね、
逆に人生経験として活かせたので結果として感謝していたりもします。

話しは戻って。
そんな訳で、私は職場での立ち位置をいつも考えています。
いや、考えるというよりは感じているが正しい表現かもしれないな。

なぜそんな話をするかというと、今の私の立ち位置は微妙なのです。
グループホームという認知症の高齢者が共同生活をしている施設に派遣で働く看護師です。
でも実際、実は看護師は設置基準に必要ない。
代わりに施設が往診医と契約して連携しているため、
何かあれば往診医と、その病院の看護師が主体で動くわけなのです。
私は主に「健康管理」という名目のもとに置かれているわけで・・・
ま、いろいろと会社の事情があって派遣されていて全くの「無」ではないのですが、
たった週1度2時間だけ顔を出す私が
常時施設で働いている職員さんや、往診医とその看護師に叶うわけがありません。
ということで、今の職場では立ち位置を把握に細心の注意を払い、
意見は控え目に相手を尊重する立場を死守しているというわけです(笑)

でもね、それが良かったのか嬉しいことが。
先日、施設のリーダー格(ボス?)から扇子をいただきましたぁ☆
職場での立ち位置
ステキでしょ!?
もちろん「ただほど怖いものはない」と承知しておりますが、やはり嬉しいものです。
私だけがいただいたわけではないので少し気が楽ですが、
何かしっかりとさりげなく「お返し」をしたいと思いま~す。

ちなみに私、このリーダー、嫌いじゃないです。
職種は違えど、やはり人生の先輩。そして現場を長く経験している先輩です。
一緒にいると勉強になることもたくさんある。
そんな思いを彼女に伝えつつ、関係を見極めながら良い人間関係を維持したいです!

足って大切

数日前から背中にしびれあり。
そしてジワジワとしびれは足へ広がり、じんじんして眠れない夜を過ごしました。
全く問題ない時間帯もあるんだけど、
車を運転した後とか、咳やくしゃみが背中に響いて痛んだり。
初めての経験で吃驚したけど、たぶん歪みじゃないかと思い、すぐに整体へ行きました。
人気の整体クラブが当日の18時から予約でき、ラッキーでした♪

背中のしびれ、足のしびれ・・・
私はてっきり腰や背中に原因があり、そこを治してもらえるものだと思っていました。
ところが先生は私の症状を聞くなり「足」を見始めたのです。
そして先生が一言、「だいぶ右足が長くなっちゃってるよ」だって。
要は骨盤が歪み、その影響で方足が長くなり、たぶん背筋も歪んでいるということでした。

整体って言っても、バキバキしないタイプの整体です。
70歳を越える整体師さんは力ではなくツボで私の身体を刺激します。
指でくっと軽く押されているのは分かるんだけど、もろツボに入っていて痛い(苦笑)
ツボを押され、周りの筋肉を優しく揉んだり動かしたりされながら40分・・・
早期だったこともあってか、背中と足の違和感はほぼすっかりなくなりました。
凄いね!先生!!

そして身体のメンテナンス方法も伝授していただくことに。
1日5分の体操で骨盤の歪みを矯正するというもので、続けることが大切なのだそうです。
もちろん、足を組まないこと、悪い姿勢での歩き方に気をつけることなどもね。

以前から時々感じていた腰や足の違和感。
でも今回、背中は始めてだったし、何より右上がりの骨盤で長くなった右足を治すのに、
開いている右足の股関節を治すのに以前にはない痛みを感じました。
年だから?
いえいえ、たぶんよほど今回は右足が歪んでいたんだと思います。
年と共に、改めて足を気をつけたいな~と思いました。

ってことで。
昨日は仕事帰りにカバーソックスを買いました♪
私的には夏らしいイエロードットがお気に入りでーす☆
足って大切

私の仲良くしている友人の一人に会社を経営している方がいます。
最近、その友人の商標登録をお手伝いをしました。
少しでも友人の助けに繋がればいいのですが…。

子供は風の子だとしても…

そう言われてみると…。
そんな感想を持ってしまったのが、R25のWEB版にあった「子どもは風の子って本当なの?」というタイトルでした。

書いてある内容は無視して、そう言えば、子供の頃にこういうことをよく言われたなと思いました。
「子どもは風の子なんだから、元気に外で遊びなさい。」と、特に年輩の方から言われた気がします。

私は初代ファミコン世代なので、小学校辺りで皆がこれに夢中になりました。
母が、皆で家に集まって、会話もせずに画面を見ている姿が異様だと思ったから、次のゲーム機は買わなかったという話をしてくれたことがありました。

外で遊ぶこともしましたが、ファミコンに夢中になったのは事実です。
今考えてみると、やはりその光景っておかしいですよね?
それなら、元気に外で走り回っていた方が子どもらしいです。

でも、ちょっとそれはどうなのかと思うこともあります。
よく寒い時期に海に入るような行事ってありますよね?
大人の考えを申しますと、ある意味自殺行為だと思ってしまうのです。
それで子どもが亡くなったという話は聞きませんけど、本当に体に悪くないのかと思ってしまいます。
伝統行事なのでしょうけれど、子ども達がぶるぶる震えながら耐えている姿は、見ているこちらが辛くなります。
大人より体温が高いとは言え、熱は出そうですよね?
出ないのでしょうか…。

もし、自分の子どもがそれをしなければならない状況になったとしたら、やらなくても良いと言ってしまいそうです。
これは過保護でしょうか?
旦那と私の子どもであれば、親がやったことがないのにどうしてやらなければならないのかと正当な理由をぶつけて来そうな気がするんですよね(笑)。
そうなった時に、反論出来そうもないです。

夢、可能性、現実

きっかけはどうしても思い出せないのですが、小学1年生の夏に私はクラシックバレエを始めました。今思うとちょっと人より体が柔らかいくらいで何か特別なモノがあった訳ではありませんが、すぐに夢中になってバレエ教室の誰よりも練習しました。4年生の時に母に進められてバレエの先生に「私はバレエダンサーになれますか?」と聞いたことがありました。その時先生は「分からない。」と言っていましたが私はやればできるんじゃないか、と考えました。

レッスン回数の多い教室に映ってすぐ、コンクールに誘われました。その当時は私と同い年の子の二人が一番上手だったこともあって息巻いていました。結果は予選落ちと自分の努力を否定するかのようなもの。その次の年も、またその次の年もチャレンジしましたが結果は同じでした。

中学1年生の時、発表会で主役を踊るチャンスをもらいました。ただ思春期で太り易かった時期でもあり、強制的にダイエットをすることになりました。この時期のダイエットは私がしたダイエットの中で物凄く惨めでつらい物だったと思います。バレエ教室に行くたびに体重計に乗せられて、もっと痩せなければ主役から降ろすと言われて。ちょうどバレエ教室もできて数年のところで市場競争で競り勝つために発表会が重要な生徒獲得手段だったのでしょう。

どう考えてもおかしい、と思うことは沢山ありました。そんな暇があったらと習っていたピアノのレッスンも辞めさせられ、バレエのレッスンは他の生徒と隔離されて自習のようなもの。見かねた母に「もう傷つく前に辞めなさい」と言われましたが、最後まで維持で主役から降りませんでした。

何とか迎えた本番に纏ったチュチュは主役なのに一番質素なもの。ゲスト出演したプロの男性ダンサーに「踊りのセンスがある」と誉められたことと、家族の応援だけが支えでした。我慢の限界で発表会後にそのバレエ教室はやめましたがバレエはやめられませんでした。

これほどのドロドロした世界を体験したのにまだやっぱり舞台上の夢のような空間を愛していたんだと思います。自分の体型や性格から違う方向に進むことを決めた今は、自分の決定に満足しています。

辛い事を経験すると、だいぶ強くなります。
実は、今度離婚相談をしに行こうかと思っています。
人生山あり谷ありですね。